リウマチ(リュウマチ)のお悩みは「手のひら先生のリウマチ相談室」

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手のひら先生の治療日誌 10年07月14日発行

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「手のひら先生の治療日誌」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。このほか「手のひら先生のリウマチ相談室ブログ~手のひら先生の独り言~」と「リウマチの広場(by 手のひら先生)」もありますのでこちらもよろしくお願いいたします 。

本日のテーマ「ゲゲゲの女房」

今回はちょっと息抜きに、今話題の「ゲゲゲの女房」を題材にします。 ゲゲゲの鬼太郎を見たのは記憶では中学生の時でした。それも床屋の待合所の漫画でした。 小学性の時は漫画少年でした。テレビなんてなかった時代ですから、映画かマンガが娯楽でした。 小学校4年生ぐらいに少年マガジンと少年サンデーが発刊されたはずです。確か35円か40円でした。貧乏家庭でしたから、おこずかいからはやはり高価な買い物でした。 友人とそれぞれ好きなほうを買って、交換して読んだこともありました。マンガに没頭して昼御飯を食べ忘れたこともありました。 そんな小学生だったのですが、先生の一言で漫画にさようならをしたのです。「六年生になったらもう大人なので、マンガは辞めなくてはいけないよ」 私の住んでいるところは東京都府中市です。今は市の中心ですが、その頃は東の端に住んでいました。 多磨霊園というその頃は東洋一という、大規模な霊園です。 公園のような霊園ですが、それこそ墓場です。水木茂氏もここを夜中に通ったそうです。 大学生時代によく見た、お昼のNHK番組「主婦の時間」に出ていらっしゃったのを記憶しています。夜中多磨墓地を自転車で抜けようとしたが、行けども行けども抜けられない。これはてっきりキツネに憑かれたと思い、必死で願ったかをしてやっと抜けられた。そんなことを話されていました。 またこの人は片手なんだと見ていたところ、その話になりました。近くの西友ストアーによく行かれるらしいのですが、レジの女性が彼が片手なのに気がつくと、さっと袋に入れてくれる子としてくれない子がいると話しました。アナウンサーが「それはなぜですか」と聞くと彼は「それは人間性ですね」と答えていました。 彼は調布に住んでいたはずですが、なぜか母も見かけたことがあるそうです。それも顔面まひを患われていた時だそうで、恐ろしい顔をしていたそうです。今でも「怖かった」と言っていますので、その頃は妖怪水木しげるだったのかも知れません。 お花はん以後朝の連続ドラマは見ていなかったのですが、ほんの2週間前から見始めると病みつきになったので、こんなことを書いてみました。 あの頃は本当にみんな貧乏だったんだ。改めて実感しています。 貧乏を振り返るのはいやなんだが、画面では細工しているんでそれほど悲惨な感じは受けません。 あの頃に帰らないように経済がわかるものが日本のトップにならなければならないのに、未だチンピラ妖怪ばかり跋扈しているようじゃ日本はどの様になるんだろう。 そういえば昭和には妖怪といわれるような人が、一匹二匹三匹・・・・・。
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