リウマチ(リュウマチ)のお悩みは「手のひら先生のリウマチ相談室」

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手のひら先生の治療日誌09年07月02日発行

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「手のひら先生の治療日誌」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。このほか「手のひら先生のリウマチ相談室ブログ~手のひら先生の独り言~」と「リウマチの広場(by 手のひら先生)」もありますのでこちらもよろしくお願いいたします 。

本日のテーマ「考えたこと病院について」

「今日母が死んだ」と言うカミュの冒頭には、「異邦人」の内容もさることながら衝撃を受けた。母が父に代わっても同じことだ。

入院すると言うことの意味が、ずっしりと重くのしかかる体験でした。最後まで診てくれた病院には感謝しているのだけれど、それでもスェ-デンの医療体制であったなら、いま少し病人は楽だったのかとも思う。

病院と言うものについて、ここ数年で改めて認識を新たにした。

自身は5年ほど前身体をいたわらず仕事をしたため、血圧が210に上がってしまった。鍼も降圧剤でも効果が現れず、検査入院をしたのだがそこで分かったのは、現代医学では血圧のことなど全く分かってはいないと言うことだった。入院中色々質問するものだから、最後は精神病者扱いをされてしまった。

結局鍼治療も行ないながら治療方法を探ってもがいて、やっと今日完治したと言えるまでにはなった。私が治療家だから良いものの、一般人はどうした良いのか悩んでしまうと思う。

病院は決して最後の砦ではない。入院しないように頑張るのが最後の砦なのだ。

治すにはその人を納得させる且つ説得できるだけの理論が無いと、治療家が患者を完治までもっていけないのではないでしょうか。高血圧と格闘し辿りついた結論である。単に症状を取るだけで副作用の多い薬では、必ず将来に悪影響が出るはずである。

高年齢で且つ内臓疾患があって処置をしなくてはならない。またその処置に時間が必要である時、やはり病院は大切な存在である。

しかし母の時と同じようにしようとしたが、病院内での鍼治療は難しいものがあった。救急病院の性格からもそれは仕方ないものと納得はできた。しかし病状が安定した時帰宅を考えたのであるが、それは現在の状況では不可能である。看護師からもその指摘は受けた。願望と現実は乖離しすぎていた。

1ヶ月の入院と点滴で、足も手も廃用性萎縮を起している。また病院食を「まずい」と言って拒否していたからなのか、嚥下運動が出来なくなってしまっていた。点滴の管理、何時間か置きに行なう痰の吸引、排泄の補助、部屋の環境管理など、老人と私の家庭では病院のように完璧に行なうことは出来ない。

昔見たスウェーデンの在宅看護制度のようなものであれば、家庭で十分に死ぬまで看取れるのであろうが、それは現在の体制では不可能である。

また思うことは、病院は88歳の胸水のある老人の復帰は最初から想定していないと言うことである。家族の側から見るからかも知れないが、現代医学が一端衰えた筋肉を元に戻せるような、老人のリハビリまでははなから考えていないと言うことだ。

そのような病院で親を看取った方が周に多いが、最後は皆「肺炎」で亡くなることが多い。酸素の供給が出来なくなり、穏やかな死を迎えるのだがそれもまた現代の一風景になってしまうのであろうか

042-365-9781