リウマチ(リュウマチ)のお悩みは「手のひら先生のリウマチ相談室」

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リウマチの広場ブログ 11年7月21日発行

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「リウマチの広場ブログ」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。このほか「手のひら先生の治療日誌」と「手のひら先生のリウマチ相談室ブログ」もありますのでこちらもよろしくお願いたします 。

リウマチの広場/本日のテーマ「上を向いて歩こうが流行っている」

坂本九ちゃんが歌った「上を向いて歩こう」が、流行っているそうです。 東北大震災のあと、この歌が歌われることが多くなって来たそうです。 永六輔、中村八大、そして坂本九のお三方は、ロク・ハチ・キュウ コンビと呼ばれていました。 ご存知のように八大さんは、糖尿病から心不全で亡くなられています。 中村八大 ウィキペディアより http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E5%85%AB%E5%A4%A7 九ちゃんは御巣鷹山の航空機事故で亡くなられました。 坂本九 ウィキペディアより http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E6%9C%AC%E4%B9%9D#.E8.88.AA.E7.A9.BA.E6.A9.9F.E4.BA.8B.E6.95.85.E6.AD.BB 九ちゃんがテレビに出てきたのは、私が小学校5年生の頃でした。 妹や近所の子供たちと集まって、テレビを見た記憶があります。 子供の頃だったから知らなかったのでしょうが、「上を向いて歩こう」が全世界でヒットしていたことはほとんど知りませんでした。 ほんの数年前に知った次第です。 もしかするとほんの数年前インターネットの普及前までは、世界の果て情報過疎地の日本でしたから、新聞には大きく載らなかったのかも分かりません。 しかし先日のNHKでの特集「夏ナビ」を見て、改めてすごいことだったのを理解しました。 夏ナビ NHK http://cgi2.nhk.or.jp/navi/detail/index.cgi?id=37 前の職場にいた人が坂本九ちゃんの近くに住んでいて、「近所ではワルガキでみんなに嫌われていた」と聞いたことがあります。 この頃のロカビリー歌手を目指す少年はほとんど学校も行かず、バンドボーイから歌手になった人が多いのではないでしょうか。そんな時代でした。 歌手といっても正式な教育を受けたことなど無く、今のように専門学校から大学まで音楽教育機関が揃っている時代ではありませんでした。 それがまた個性あるエンターテナーが生まれる素地があったのかも知れません。 今だと音域が狭く表現力が無いと、歌手になることは相当難しいのではないでしょう。 NHKの番組でも言われていましたけれど、決して九ちゃんはうまい歌手ではありませんでしたね。 この頃はキラ星のごとく若い歌手が出てきていました。 その中で愛嬌があり人懐っこい九ちゃんは、一寸違った魅力が有りました。 この頃のスターは今から比べると、段違いの人気が有りました。 懐かしいですね。 永さんの作詞にも、あの時代の安保闘争の影が色濃く込められているのを知りました。 国民誰もが暗く貧しい時代でしたが、また光が見え始めた時でもあり、誰もが活気ある時でした。 中村八大さんのこの曲作りも、単なる流行歌を作曲するのではなく、日本発世界に発する思いがあったそうです。 3人の様々な思いが込められた、大切な曲だったことをこの番組で知ることが出来ました。 まもなく日航機が御巣鷹山に墜落した、8月12日がやってきます。 九ちゃんはそのときまだ41才だったんですね。余りにも若かった。残念ですが。 原発事故復興を目指す日本が、安保以後凄まじい発展を遂げた日本のエールとなるよう、この歌がまた歌われることは象徴的なことかも知れない。
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