スポーツ文化としてのサッカー その3 最終回

リウマチ(リュウマチ)のお悩みは「手のひら先生のリウマチ相談室」

リウマチ(リュウマチ)のお悩みは「手のひら先生のリウマチ相談室」

リウマチ(リュウマチ)ほか難病治療の実績により
日本各地の患者さんよりご来訪・ご相談を頂いております

お問い合わせ

リウマチの広場ブログ10年07月14日発行

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「リウマチの広場ブログ」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。このほか「手のひら先生の治療日誌」と「手のひら先生のリウマチ相談室ブログ」もありますのでこちらもよろしくお願いたします 。

リウマチの広場/本日のテーマ「スポーツ文化としてのサッカー その3 最終回」

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「リウマチの広場ブログ」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。このほか「手のひら先生の治療日誌」と「手のひら先生のリウマチ相談室ブログ」もありますのでこちらもよろしくお願いたします 。 スポーツ文化としてのサッカー その3 最終回 最終日は何と幸運なことか、全国高校サッカー選手権静岡県大会決勝戦でした。勧められるままに静岡草薙球場に向かいました。 草薙球場というのは読売巨人軍がその昔行った、伝説の草薙の猛練習がありました。また私たちの職業との関係では、面疔治療で有名な草薙の灸があります。昔は不衛生なこともあり、顔にできるおできで死ぬ人も多く、恐れられていた病気です。 面疔を患った方が東京から治療にきて、帰りの列車に乗った時から皮が破れ膿が出て治った。そのような話を読んだことがあります。全国には土地の名を冠にしたお灸が各地にあります。そんな場所の一つです。 サッカー場に足を運ぶのは今回が初めてです。 対戦は東海大学付属第一高等学校と清水東高等学校です。清水市で知っていたのは清水東と清水商業ぐらいで、東海第一は初めて聞く名前でした。 会場の入りは70パーセントというところだったでしょうか。普通だったらほとんどが学校関係者か、一部のサッカー好きでしょう。その後びっくりすることがあったのです。 まだまだその頃のサッカーは発展途上で、ボールがあちらに行けば選手はそちらに行って、さながら団子状に取り囲む様な有様でした。 球場の角にいたので、相手のゴールに選手が行ってしまうと豆粒のようにしか見えません。その時階段状の観覧席ななめ上のほうから声がします。「駄目だね転がったよ。沢登は昔からよくこけるのよ」 豆粒のようにしか見えないのに、選手一人ひとりがわかるようです。 その声は女性でした。その後も耳をそばだてると、どうもスポーツ少年団を見ている小学校の先生らしいのです。 小学生のとこからみている子供たちが育って、今両チームで争っている。どの子も顔見知りで両方のチームを応援しているのです。 この年は東海第一高校が代表になりました。その時のエース沢登選手はその後清水エスパルスや日本代表で活躍し、現在は解説者になられています。 帰りがけに購入したのは、清水市のサッカーマガジンでした。 その中には小学生のスポーツ障害の特集もありました。競争が激しいのでレギュラー争いも半端ではなさそうで、少々の障害が起きても隠してプレーをする子供たちが多いようです。 処置を早くすると共に、指導者が早くそれを発見しブレーキをかけることの重要性を、そこでは早くも指摘していました。 堀田氏とのインタビューの中で確認しておいたことがあります。それはもし経済的に恵まれない選手がいたときはどうするのかということです。もちろん教育者なのでそこはぬかりなく、答えは「最低限のことで参加できるように配慮されている」とのことでした。 文化としてのスポーツが、これほど清水市には根付いていたのかと感銘して帰ったことでした。 日本全体ではまだまだスポーツは文化としての認識はありません。 スポーツは単に楽しむだけでよいのです。しかし文化としての背景を感じなくては、世界から見ても後進国として甘んじざるをえません。 未だ一流の選手がオフに招かれて、テレビのお笑い番組でおちょくられるなど、外国では考えられないのではないでしょう。 たとえお金儲けのプロであっても、日本文化を支える人として「リスペクト」されることが望まれます。 なお「手のひら先生のリウマチ相談室」では手のひら先生がおこなっている、リウマチを始めとする高麗手指鍼の難病治療を紹介しております。是非ご覧ください。
042-365-9781