リウマチ(リュウマチ)のお悩みは「手のひら先生のリウマチ相談室」

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リウマチの広場ブログ 10年07月11日発行

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「リウマチの広場ブログ」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。このほか「手のひら先生の治療日誌」と「手のひら先生のリウマチ相談室ブログ」もありますのでこちらもよろしくお願いたします 。

リウマチの広場/本日のテーマ「スポーツ文化としてのサッカー」

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「リウマチの広場ブログ」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。このほか「手のひら先生の治療日誌」と「手のひら先生のリウマチ相談室ブログ」もありますのでこちらもよろしくお願いたします 。 今日は見るだけのサッカーファンとして、サッカーワールドカップについて、私も書いてみます。 私が本格的にサッカーに興味を持ったのは、Jリーグが発足する1993年の3年ほど前でした。 私の勤めていた東京都府中市は、市職員の自己啓発制度がありました。制限はなく何でもよいから市のためになるような研究を行ってくるというものでした。 私は最初冷やかな目で見ていました。 最初は定3名の定員に候補者が殺到し、審査するほどでした。毎年のように候補者が現れて、次々と報告が冊子となって回って来ました。 なんでこんなに人気があったと思いますか? それは自分を売り込む絶好の機会と捉えた者が多かったからです。団塊の世代の我々は、仕事で差がつかない公務員生活を送っていました。そこに画期的なものが出てきたということなのです。 結果はどれもこれも同じようなものが報告されたのです。 公務員と言うのは同じような性質、性格をもった動物なのです。何年かやっていると頭がそうなってしまうのです。 ですからどこかの市町村に行って研究するのですが、その際研究対象はいわゆる箱モノです。行ってくる来ることより、帰ってから報告書をまとめる為の資料が豊富なことが、その研究対象になるのです。 箱モノでたとえば立派な芸術劇場を建てたとしましょう。まずどのような物を建てるか検討委員会が発足します。何回も重ねられた会議録が残ります。使用目的の検討、デザイナーや業者の選定、様々な段階での検討資料がもらえるのです。 行ってくるより帰ってから、それが公務員根性です。 やがて努力は出世に何にも役立たないことが分かると、志願者は無くなります。金太郎あめのような研究報告を行っても、誰も感心しないのだから自明の結果なのです。 担当者は困ってしまいますよね。この方親しくはなかったのですが、かなり個性的で理論家肌の人でした。 制度が始まって6、7年ほどたった時でしょうか、思った通り私のところに来ましたね。「やってくれない。やる奴がいなくなっちゃったんだよ。お願い」 頼まれたなら仕方がないので、私は確か3つほどテーマを上げて、その中から選んでもらうことにしました。 そのひとつが「サッカー文化について」でした。実は本当のところはこれを選んでほしくなかったのです。まとめるのが大変そうでしたから。 ところが案の定これをやってと言われてしまいました。 現在その考え方は徐々に変わってきていますが、日本ではスポーツをするものは「勉強が出来ない、頭が悪い奴がやるもの」と言う意識がありました。いわんやスポーツを文化としてとらえることなど、一般の認識にはありません。 サッカーの経験など、小学校中学校でボール蹴り程度の経験しかありません。さて資料集めをしなくてはなりません。 今のようにインターネットなどない時代です。市の図書館に行きますが、スポーツ文化の資料など皆無です。 船を漕ぎだしたのは好いが、取り付く島もなくいきなり大海原に出てしまいました。 困った時の国会図書館でした。卒論でお世話になったので、躊躇することなく向かいました。 しかしサッカーと文化について書かれたようなものは全くありませんでした。 あったのは「サッカーマガジン」などの月刊誌だけでした。 これらのバックナンバーを丹念に辿っていくと、日本のサッカー発展の歴史が分かるようになりました。 日本ではスポーツは学校から始まることが多いのです。野球もしかりです。特に目にとまったのは高校サッカーです。 埼玉の浦和、静岡の藤枝、清水、京都、九州の大分、福岡、鹿児島だったでしょうか。 そこで清水市を選定しました。調べてみるとここのサッカーは、一人の教師が発展のキーポイントであったのでした。 ひとしきり調べてみたのでですが、はて肝心な文化とどのように結びつくかが見えてきません。そこで今は教師から市の体育科の課長になられていた、堀田氏に電話を掛けることになりました。 ひとしきり訪問の趣旨を話し承諾を得た後「ところでサッカー文化について書かれた文献などあるでしょうか」返事はこうです。「あんたそんなものあるわけないでしょう」つい公務員根性が出てしまい、怒られてしまいました。 訪問時の話は次に書きます。 その日の夕方、「今日は清水FCの練習があるから見に来なさい」と言うことで、午後5時頃でした。小学校の校庭には立派な照明設備がありました。そこにはスポーツ少年団の指導者もいらっしゃって、挨拶をして訪問の目的を話し名刺交換をしました。ここでもいろいろ貴重なお話をうかがえました。 なにしろ清水市のサッカーは盛んで、小学校の試合で入場料をとっても観客が集まるそうです。そこで潤沢な資金で、市内の小中学校にはすべて照明設備が整っているそうなのです。 清水FCの練習は始めてみたのですが、目を見張るようなものでした。小学生は中学校生、中学生は高校生か大学生、高校生は大人が練習しているような迫力でした。 その日は堀田氏が来るということで、選手はかなり緊張していたみたいでした。その練習風景は今も目に焼き付いていますが、その時飛んでいたアドバイスは即今の日本代表やJリーガーにも通じるものでした。そのくらいレベルの高い内容でした。
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