リウマチ(リュウマチ)のお悩みは「手のひら先生のリウマチ相談室」

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リウマチの広場ブログ 年月日発行

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「リウマチの広場ブログ」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。このほか「手のひら先生の治療日誌」と「手のひら先生のリウマチ相談室ブログ」もありますのでこちらもよろしくお願いたします 。

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2009年10月29日 落語家三遊亭円楽師匠が、肺癌で亡くなりました。合掌。

引退したあと脳梗塞とは聞いていたのですが、肺癌だったとは知りませんでした。

76歳とはまだまだこの落語界では、脂が乗りきった頃で惜しいとしか言えません。

円楽の師匠である、三遊亭円生は私が18歳くらいから23歳ぐらいが最盛期でした。その頃はまだ落語のラジオ番組が多い時代でした。

古今亭志ん生と円生は戦地慰問に行って帰ってから、一回り落語が大きくなって人気が出たそうです。

その師匠の最盛期が75歳くらいで、芸術祭奨励賞だと記憶しているのですが受賞されました。まだまだこの歳位は、落語家にとっては若い年齢です。

円生が協会を出たとき、そこに付いていったのはやはり日本人としては、「男の美学」を感じていました。その後は一門の苦労があり大変な思いをしたようですが、それも笑いに替えるたくましさもありました。

野村監督の所謂「野村語録」にもあるように、男の目標として「人を残す」これは出来たのではないでしょうか。

落語はいうまでもなく、日本の文化です。文化は伝えられるべきものであり、特に落語は「落語家」と言う人を残さなければなりません。

それはまさに「男の仕事」です。

さて私も鍼灸師として、「これからどの程度の人を残せるかを考えないといけない年齢」になってきたのかも知れません。

この肺癌などは私にとってそう難しい治療ではなので、私の治療法を広めればよいのですが、それにはやはり手順や段階があります。

鍼を刺すつぼ(穴)さえ教えれば、それで治るなら今頃名鍼灸師がゴロゴロいてもおかしくないはずです。

穴さえ掘ればマンションが建つかと言えば、もちろん建ちませんよね。まず穴の位置を決める前に、地質調査と言うものが大事になります。地盤が軟弱だったらそこに凝固剤を注入する場合もあるでしょうし、地震対策にそなえて通常より多くの杭を深く埋めるかも知れません。

その前の段階を如何にして準備するかが大切な仕事なのです。

そういう意味では「落語界の巨星」がまた1人落ちたと言うことでしょうか。

042-365-9781