リウマチ(リュウマチ)のお悩みは「手のひら先生のリウマチ相談室」

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リウマチの広場ブログ 09年02月05日発行

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「リウマチの広場ブログ」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。このほか「手のひら先生の治療日誌」と「手のひら先生のリウマチ相談室ブログ」もありますのでこちらもよろしくお願いたします 。

本日のテーマ「鍼の歴史」

鍼が日本に伝わってきたのは、仏教と同時です。昔の医療は僧が行なうことが多く、仏教僧が鍼を伝えたことになっています。

漢方薬や鍼治療は、今とは違って庶民が気楽に受けられるものではなく、宮廷貴族のための医療でした。当時よりおそらく発展してきた鍼でしょうから、皆さんはその意味では幸せな時代にいることになります。

最も庶民の医療にまで普及したのは、江戸時代と言うことです。貴族のための医療で合ったので、奈良時代には鍼灸師の最高位は、鍼博士と呼ばれていました。それゆえそこに至るまでは、現代の比ではなく難しい関門がしつらえてあったそうです。

現代は高卒後3年間専門学校に通い、国家試験に合格すれば治せるか否かは別として、めでたく鍼灸師にはなれます。その頃は頭の良さそうな子を集めてふるいにかけ、12歳前後になると毎週のように試験が行なわれ、選別されていったそうです。今からすれば雲泥の差でビックリしてしまいます。時代が変われば、内容も変化すると言うことでしょうか。

ちょっと話はそれますが、資格取得直後に鍼灸の古典「黄帝内経素問霊枢」を読めたほうが良いかなと、漢文の勉強を少々心掛けたことがありました。そこで知ったのが諸橋轍次編「大漢和辞典」でした。編者は諸橋博士だが、実は原田種茂さんの本を読むと実質作ったのは「大東文化大学」の生徒だったということを知りました。エーッと驚いてしまいました。あの大学の生徒が?ところが分かったのは、当時この学校の国文科は、将来教員が約束されておりかつ在学中は給料が支払われるということで、東大に入るより難しかったそうです。全然結びつかないのですが、インパクトの度合いは同じくらいでした。

鍼の当初は伝わって来たのは、とがった石を使っての鍼治療であったとのことです。また中心はお灸と、血を出させる瀉血とのことです。治療場所は異なりますが、新潟大学大学院教授安保徹さんの、自律神経免疫療法で行なう瀉血と同じです。

今の鍼に近いはりが使われるようになったのは、江戸時代からと言うことです。鉄の技術が高度になったからでしょうか。この鉄は折れるので、折鍼事故も多かったのでその分治療技術が発達したと思われます。今はステンレスなので、めったなことでは折れなくなりました。

鍼の理論体系として確立しかかったのは、実は昭和の初期と言うことになります。柳谷素霊を中心に、鍼灸の科学化が提唱され経絡治療として研究され、身体の根本から治療するという考え方は、つい最近になって言われたことなのです。

ただ日本中国でこの治療体系が出来上がらなかったが、韓国ではすでに500年前に僧瑞岩が確立していました。日本は韓国を占領していたことがあり、素霊も行ったことがあるので、何らかのインスピレーションを受けたのかも知れないという推測は出きます。

まだまだ鍼灸は発展する余地のある治療です。地球の歴史から見れば、たったの2千年しか経過していない治療法なのです。

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