リウマチ(リュウマチ)のお悩みは「手のひら先生のリウマチ相談室」

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手のひら先生のリウマチ相談室ブログ 08年09月21日発行

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「手のひら先生のリウマチ相談室ブログ」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。このほか「手のひら先生の治療日誌」と「リウマチの広場(by 手のひら先生)」もありますのでこちらもよろしくお願いたします 。

本日のテーマ「鍼灸学校入学 の3」

入学してからの3年間の心構えが大切と思いますので、私なりの意見を述べてみましょう。

最初に20年前の話とお断りしておきます。鍼灸が国家資格として最初の国家試験を受けた世代ですので、当時からすると学校の内部も大幅に変化しているはずです。

当時私は40歳、クラスでも上から数えて2番目の高年齢でした。ざっと年令分割すると、20歳前後は専門学校入学感覚、30歳前後までは人生のターニングポイントを迎えている年令 そして30を超えると人生のターニングポイントを自分で作り出す年令 の3分割に出来ると私は見ていました。

最初私は定年後にこの仕事をやれたらいいなぐらいの、ライト感覚で通学していました。

それでも入学すると親に伝えると、父親は刃物を持ち出して「学校に行くなら殺してやる」とまで言ったのです。自分は小学校卒でせめて息子を大学までやって地方公務員で出世をしてもらいたかったのに、昔で言う「盲がやる職業など許さん」(このような言葉は今では差別用語とされるのでしょうが、年令の上の人たち70歳以上の方たちの時代はそう言う雰囲気だったのです)と言うことでした。このとき私はよくその意味を理解できていなかったかも知れません。学校に入学してから理解できたのです。

入学してどの授業でも鍼灸関連の先生方は、まったく同じ質問をしかつ同じように私にアドバイスします。「君たちは何故鍼灸を目指して入学したのか?」「今の仕事は絶対やめちゃ駄目」と言うものでした。

先生方は学校の創設者、柳谷素霊にあこがれてこの道に入られたとはいえ、鍼灸冬の時代に様々なつらい経験を乗り越えてこられた方たちでした。おそらく小学校か中学卒の学歴であったでしょう。だから大学卒の資格を持った上に、安定した職業の人間が何故茨のようなこの世界に敢えて冒険をするのか、理解不能だったに違いありません。

このようなことで先生方は学歴コンプレックスがあったようです。私たちより先輩たちは、それが理解できずかつうまく乗り越せなくて軋轢を生んでいたようです。一応人生経験は他の生徒より多かったので、3年間の中でこれを調整することがいくつかあり、それがスムーズに学生生活を送れることにもなりました。

1年生の最初のころ、按摩の井上良太先生が「鍼の先生は、このような鍼感覚があれば胆石があるなど分かっているんだぜ。でも決してそれを本に書くことはない」とおっしゃったのを今でも覚えています。真意はそれを教えてもらうには、それなりの敬意を払わないといけない、と言われたのだと思いました。

2年生にもなると、アルバイト先の先生やセミナー参加した先の先生と、学校の先生を比較してみることもあるかもしれません。でも考えてみてください。学外の名声のある先生と担当教師とを比べれば、社会的にはあちらが上でも、自分と比べれば明らかに教師が上でそこから学ぶことは相当多いはずです。そこを勘違いしなければ、先生たちは生徒により良い授業をしてくれるはずです。目の前の先生は敬わなければいけません。

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