リウマチ(リュウマチ)のお悩みは「手のひら先生のリウマチ相談室」

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手のひら先生のリウマチ相談室ブログ 07年10月11日発行

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「手のひら先生のリウマチ相談室ブログ」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。このほか「手のひら先生の治療日誌」と「リウマチの広場(by 手のひら先生)」もありますのでこちらもよろしくお願いたします 。

本日のテーマ「鍼灸師はつらいよ 2」

現代はどの業種にとっても競争は激しく、大変な時代に突入していると言えます。グローバル化という言葉の下、激しい生き残り競争が行われていると言えます。

鍼灸学校を受験した動機は、自身の蕁麻疹に苦しんだ後、ひょっとした拍子に「こんなくだらない疾患で、何で苦しまなきゃならないんだ。そういえば高校の先輩で、そんな病気の方がいらっしゃった。世の中ではこのような人が多いんだろうな。こんなことで実力を発揮できなくて、挫折感を味わっている人は多いのじゃないか? そうだ私が鍼灸師になろう。活動するのは退職してからでもいいや」という思いがふっとわいたことでした。

鍼灸の業界をまったく知らないで入ったので、知れば知るほど驚きでした。まず学校を出て、開業できるのは1クラス30人の中で一人であることでした。入学すると先生方は判を押したように「開業を考えているひと」と聞いてきます。ほとんどの生徒が手を上げます。でも1年の終わりには2人は脱落してしまいました。2年の終わりには3分の一、3年生卒業間際には3分の二は、夜間部でしたので元の職業に戻って行ったのではないでしょうか。開業しても1年と持たなかった者もいます。学校では優秀な生徒でしたし、セミナー参加、気功の勉強と熱心でしたが、ちょっとした時の運で事情は変わってしまうのです。

鍼灸学校に入ってびっくりしたのは、高校を出たての若者がいることでした。専門学校だから当たり前でしょうが、自分の高校生時代を思い出しても、「なぜ?鍼灸に興味を持ったのか」疑問が湧いて来ました。聞いてみると、動機は様々でした。社会的には評価の低い「鍼灸師」に良くなろうと考える不思議な思いでした。

その当時先生たちの最終学歴は、小学校または中学校卒が多かったのではないでしょうか。彼らは初代学長で、東洋鍼灸専門学校の創立者、柳谷素霊に憧れ後を着いて来た人たちでした。素霊についていけば、その時代の最先端を行く鍼灸を学べたのです。昭和36年発行の「家庭の医学」という本を開けてみたら、鍼灸という項目があってそこに素霊師が載っていたのには驚きでした。昭和の鍼灸界を引っ張っていたのが彼でした。その学校の先生方は自負があったと思うのですが、その数年学歴だけは一丁前だけど、礼儀を知らない、馬鹿学生が大量に入ってきていたので苦労をしていたようでした。

前に書いた、小守マッサージ療院の井上先生が1年生の授業時間中に「鍼灸師の先生方は、このような鍼の感覚だったら胆石とか分かるんだぜ。でもそんなことは本には書かないよ」と言われたのは、「先生たちを尊敬せよ。さすれば得るものは多いよ」と示唆されていたのでした。おかげさまでそのことを守ったおかげで、私たちクラスは3年間で多くの物を教えていただきました。他の年度に比べればそれははるかに多かったのではないでしょうか。

鍼灸を学ぶことは文化を学ぶことです。人から人へ語り伝え、手取り足取り指導していただくことがとても多いものです。個人個人が磨くことですが、それでも感覚の修行には段階段階で、教えを請うということが必要な医学なのです。そのことは学校の中だけでは、絶対学べないことになります。

いま当時と比べて、2から3倍もの卒業生が鍼灸学校から吐き出されているのです。

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