リウマチ(リュウマチ)のお悩みは「手のひら先生のリウマチ相談室」

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のひら先生のリウマチ相談室ブログ 07年10月02日発行

こんにちは、ホームページ「手のひら先生のリウマチ相談室」を運営している、手のひら先生こと長谷川和正です。「手のひら先生のリウマチ相談室ブログ」として、高麗手指鍼治療にまつわるお話をいたします。このほか「手のひら先生の治療日誌」と「リウマチの広場(by 手のひら先生)」もありますのでこちらもよろしくお願いたします 。

本日のテーマ「恩師との出会い 2」

前回は恩師金成萬キン・ソンマン師のお話をいたしました。

いま少し思い出話をします。先生が大学生の頃ベトナム戦争が激しさを増し、派兵されて戦ったそうです。その当時ベトナム兵または民兵はベトコンと呼ばれ(呼称に様々な意味合いがるようですが)アメリカ兵が恐れる存在でした。神出鬼没で少ない兵器でアメリカ軍と戦って成果を挙げ、恐れられていました。

先生はアメリカ軍のヘリコプターに乗せられ、戦地に向かいました。ヘリコプターは空中では自在に動けても、離発着するスピードは劣ります。いつ着陸地点の草むらからベトコンが打ってくるか分からない。そうなったらヘリコプターはひとたまりもない、だからパイロットは下に下りない。どうするかというと、10メーターぐらい上から「お前ら降りろ」と言うんだ。ビルの5階ぐらいに相当する高さです。いやいやながら恐怖心を押さえ、飛び降りたら激しく腰を打って腰痛になったと言うことです。

アメリカ兵にはそのようなことはなく、やはりアジア人への差別だったと先生はおっしゃっていました。

韓国では今も兵役があり、数年前韓流スターが入営するのに大騒ぎししたことがあります。いい意味悪い意味をおいて置いても、わが国が守られている一端に、韓国兵が寄与していることは事実と思っています。

先生は見ただけで「この人は出来る」タイプの鍼灸師でした。しかし実際実感したのは、亡くなられる前に個人的にお話したときでした。

それは私の治療にも生かされている、根幹となる治療理論に欠かせないことでした。日頃考え悩んでいる大問題に、すでに恩師もかかわり答えを出していた。他の分野でもそうでしょうが、このような瞬間が弟子にとっては至福の時ではないでしょうか。なかなかそのような恩師と言える人に出会える機会はないでしょうが。その前に自分がある程度成熟していないと、このような瞬間をまたもてないでしょう。

韓国手指鍼学会で先生の消息を尋ねたのですが、ここでも分かりませんでした。

学会での評価を聞くことがありましたが、韓国にいらっしゃるときの評価はそれほど高くはなかったそうです。

日本に来られてからどこかで学ばれて、評判になったがん治療までたどり着かれたようです。

そのほかの病気、リウマチや糖尿病はどこまで治せたのか、今でも知りたい思いです。リウマチについては「変形を直せるか否かは鍼灸師の腕にかかっている」とおっしゃっていたので、この病気には自信があったのでしょう。しかし糖尿病はどうだったでしょうか。学会で私の「糖尿病完治の論文」が高い評価を得たところから類推すると、糖尿病には成果が得られなかったかも分かりません。

先生に対して皆が一番疑問を抱いたのが「気」についてです。韓国時代もまた日本でも、先生に気功を教えた方が見つかりません。しかし名人は必ず「気」を使う達人です。以前名古屋でセミナーを開かれた韓国人の先生は「私は気を使えるので治せる」とおっしゃっていましたから、これは今もってなぞなのです。

そうそう、チャングムが鍼灸師(漢方医)として修行した時に、手を上に上げて気功をやっていましたっけ。あれれ私が昔習った気功の方法と同じようだなと見ていました。韓国では「気」と言うものの重要性は映画にも取り扱われるほどで、それに引き換え我が国の鍼灸界の現状ではこの点が欠けています。学校でこれが論じられることはなく、個々人が修行と言う形でしか学べない。またそれさえ学生時代には、認識することができない不幸があります。

あれから5年は経ちます。今恩師とまた話し合える機会があったら何を話しましょうか。「先生、私も癌治療理論を確立し治療しています」とお話しましょうか。

次回は「気」についてお話いたしましょう。

042-365-9781